南アフリカ到着初日。
夜の19時にヨハネスブルグ空港に降り立った私たちは、正直かなり緊張していた。
渡航前にヨハネスブルグについて調べると、不安になるような情報ばかり。
「世界有数の犯罪都市」
「空港から出るまでの犯罪遭遇率120%(らしい)」
「iPhoneを見られたらターゲットになる」
など、本当なのかどうか分からない話もあるが、調べれば調べるほどそんな情報ばかりが出てくる。
半信半疑ながらも、今回はやれる限りの防犯対策をしてきた。
ダミーのウエストポーチを用意し、中には1,000ランド(約1万円)の現金、昔使っていたiPhone、有効期限切れのカードを準備。万が一襲われたら、そのまま渡せるように妻と私、それぞれが準備した。
服装もなるべく目立たないように、着古したヨレヨレの服を選び、髭も一週間ほど放置。
海外旅行に行くために、わざわざ小汚くしていく日が来るとは。
そんな“万全”の状態で降り立ったヨハネスブルグ空港だったが、実際は拍子抜けするほど綺麗だった。
空港内は想像以上に整備され、警備スタッフも多い。対応してくれたカウンタースタッフは、ブースを自分の部屋みたいに寛ぎながら手続きをしてくれて、なんだか気が緩んだ。

初日は宿まで送迎をお願いしていたため、到着後すぐにドライバーと合流することができたが、車に向かうまでの薄暗い通路やすれ違う人にいちいち緊張してしまう。
送迎車はMAZDAのCX-5。
実は昔乗っていた車種だったので少し懐かしく感じたのだが、メーターを見て思わず二度見した。
走行距離は、なんと約40万km。
まだ現役なのか(笑)。
日本車の丈夫さを、到着初日に思わぬ形で実感することになった。
とはいえ、こちらの緊張はまだ解けない。
「車内でスマホを使うと窓を割られる。」
そんな情報ばかり見てきたせいで、宿まで約30分の道のりは誰一人スマホを取り出すことなく、面接前みたいに全員そろって前だけを見て固まっていた。
無事に宿へ到着し、迎えてくれたオーナーはちょっとしたマフィアのボスみたいな迫力で、畏まりながらチェックイン。部屋へ入り、鍵を閉めた瞬間にようやく深呼吸できた。
これでひとまず、「犯罪遭遇率120%」という最初の関門は突破したことにする。
宿はすごく綺麗で、お湯もしっかり出る。
インドを旅した経験のある妻は、シャワーから勢いよくお湯が出た瞬間、「お湯が出る!」と本気で喜んでいた。
旅慣れすると、感動するポイントも少し変わるらしい。
ここに至るまで、シンガポールでのトランジットを挟み、トータルで約38時間のフライト。
機内では眠れたはずだったが、緊張していたせいか、ベッドに横になった瞬間そのまま眠りに落ちてしまった。

翌朝。
旅を終えた今振り返っても、トップクラスに美味しかった朝食のビュッフェを食べる。
しっかり腹ごしらえを済ませ、この日の目的地であるCBIナーセリーへ向かう。
ホテルをたつ際、見送ってくれたオーナーは、朝日の下で見ると普通のおじいちゃんだった。
徒歩で行ける距離に宿をとっていたが、途中、適当に植えてある巨大なアロエやアガベに逐一感動してしまい大遅刻。
今回、日本人が訪れるのは初めてだったそうで、スタッフの皆さんがとても温かく迎えてくれた。

CBIナーセリーは、いわゆる販売を目的としたナーセリーというより、研究施設に近い場所だ。
オーナーのデリックは学者でもあり、ソテツについて知らないことはほとんどないのでは、と思えるほどの知識を持っている。
ナーセリーで管理されていたのは、図鑑でしか見たことのなかった希少種ばかりで、どの株も素晴らしい状態。実物を目の前にすると、それぞれの種が持つ特徴がはっきりと分かる。
なかでも強く印象に残ったのが、Encephalartos woodiiだ。
Woodiiが野生で発見されたのは、1895年。
現在のクワズール・ナタール州にあるNgoye Forestで、John Medley Woodによって一つの雄株が発見された。
その4年後の1899年には、元株から採取された株の一部がイギリスのキュー王立植物園へ渡っている。
©︎Dryas
当時のキュー王立植物園は、世界中から植物を集めて研究するだけの場所ではなく、イギリス帝国の植民地に張り巡らされた植物園や行政機関などのネットワークの中心にあり、植物や種子を世界各地から集め、移動させる役割を担っていた(植物学の発展と、植民地主義の歴史は切り離すことができない)。


©︎Mike Peel
Woodiiもまた、そんな時代のなかで「発見」され、名前を与えられ、自生地から移動していった植物のひとつだ。
その後も自生地から植物体が採取され、1916年には野生に残っていた最後の幹も移された。それ以降、野生のWoodiiは一度も発見されておらず、現在は「野生絶滅(Extinct in the Wild)」に分類されている。
そして、雌株は現在まで一度も確認されていない。
つまり、現在世界各地の植物園やコレクションで生きているWoodiiは、すべて1895年に発見された雄株に由来するクローンになる(Woodieについてはいくらでも語れるので、また後日ブログにしたいと思う)。
そんなWoodiiの、めちゃくちゃデカい個体がここにあった。

図鑑や写真で見てきた植物が、実際に目の前にある。それだけでも十分に嬉しいのだが、その植物がどこから来て、どういう経緯で現在ここにあるのかまで聞くことができるのは、贅沢な時間だった。
オーナーのデリックは、それらをものすごいスピードで解説してくれる。
もちろん私はほとんど聞き取れないので、潔く録音係。妻がその場で必死に要点を訳してくれたおかげで、私は絶妙なタイミングで「なるほど」と相槌を打つことだけはできていたはず。

そうこうしているうちに、今回の旅で重要な人物の一人、アランが合流した。
ポロシャツを着た中肉中背の男性で、手がとても大きい。話し方は穏やかで、ジョークもよく言うので、初対面の印象は気さくなおじさんといった感じ。
今回の自生地ツアーは、普段から一般向けに行っているものではなく、私たちのために特別に準備して案内してくれるとのこと。
このあと数日間、アランに案内してもらうことになるのだが、その中で私たちは少しずつ、彼が南アフリカの植物の世界でどれほど深く活動してきた人物なのかを知っていくことになる。

微弱なエアコンが頑張る車に乗り込み、ハイウェイを約1時間。
街並みは少しずつ姿を消し、道路脇にはサバンナらしい景色が広がり始める。
途中、サービスエリアで休憩することになった。
周囲には建物がほとんどなく、見渡す限りサバンナ。車から降りて、伸びがてら深呼吸する。
数日前、トランジットで立ち寄ったシンガポールで感じた亜熱帯っぽい湿った空気とは明らかに違う乾いた土のにおいがした。

サバンナを見ながら、深呼吸をしてようやく「本当にアフリカまで来たんだな」と実感した。
日本では見かけない木々や赤茶けた大地を眺めながら再び車に乗り込み、さらに進んでいく。
やがて舗装路を外れ、ゲートを抜けると道はオフロードへ。
車が大きく揺れるたびに人工物はどんどん遠ざかり、周囲には自然だけが残っていく。
成田から飛行機に乗り、ここに至るまで53時間。
いよいよ今回の目的だったエンセファラルトスの自生地へ足を踏み入れる。
ナーセリーで見てきた植物たちが、実際にどんな場所で、どんな姿で生きているのか。
ここから、ようやくそれを見ることができるのだ。


ROUTE BOTANICALS
松井孝太


